瑠駆真の胸中に渦巻く、羞恥の嵐。
やり返すだとっ? 僕にそんな事ができるとでも思っているのか? 体格を見てみろ。僕がヤツらに敵うはず、ないじゃないかっ
それに、たとえ抵抗したって、誰も助けてくれない。助力してくれるヤツなんていない。どうせみんな、遠巻きに見ているだけさっ!
どうせ――――
その言葉が、顔にまで出ていたのだろうか? 少女の顔からは笑みが消え、目を丸くし、やがて剣呑に顰められた。
瑠駆真の前で腰に手をあて胸を張る。
「何? アンタ、エゴだったの?」
エゴ?
眉を寄せる瑠駆真に、少女は鼻で笑う。
「エゴイスト」
なっ――――!
だが少女は、気を遣うこともなく続ける。
「助けられたくなかったら、自分でなんとかしなよっ!」
自分よりも、よほど小さな少女。
「黙って虐められながら、助けてくれない周りを責めるワケ? かと言って、助けてもらえば恥しか感じない。それってサイテー」
無遠慮に瑠駆真を貶す。
「虐めてんのも虐められてんのも、見てて不愉快なんだよね」
大きな黒目が、印象的だった。
「黙って虐められてんのが美徳だとでも思ってんの? バッカじゃないっ!」
辺りに配慮することもない大きな声。
「卑怯者っ!」
その捨て台詞と共に、少女は瑠駆真へ背を向けた。
目の前が真っ暗になった。
何も……… 言い返せなかった。
その後、少女の名を知った。
卑怯者
助けてくれと、言った覚えはない。
詰られて、怒りを感じた。
だが、なぜだろう? その言葉には、同時に安堵すら感じる。
今まで、憐れみの視線を投げかけてくる者や 気にするな とそっと声を掛けてくる生徒は何人かいたが、罵倒してくる生徒はいなかった。
卑怯者
そうだ。瑠駆真自身、そう思っていた。
自分は卑怯な人間なのだと………
そんなこと、百も承知だ。きっと心のどこかで、自分は卑怯な人間なのだと知っていたのだ。
だが、己の怯懦と陋劣を素直に認めるほど、瑠駆真は強くはなかった。
認められない憤りを、虐めてくる相手や助けてくれない周囲、苦手な英語の勉強を執拗に強制してくる母への無言の難詰にすり替えることで、安定を保っていた。
卑怯者っ!
縋りついていた安定感。呆気なく壊れて、崩れた。
自分は――― 卑怯だ
廊下ですれ違う時も、テニスコートの端でストレッチをしている時も、いつも屈託のない笑顔を見せる彼女。瑠駆真を罵倒した時も、友人と談笑している時も、彼女のすべては弾けるほどに眩しくて、力強くて頼もしかった。
瑠駆真という風変わりな名前と母子家庭と苦手な英語。世の中のすべてに卑屈さを感じていた彼にとって、彼女はまるで自分がなりたいと思う理想の人物に見えた。
最初に抱いた彼女への反発は、やがて憧れへと変化していった。その憧れが恋に変わるのに、それほどの時間はかからなかった。
だが内気な瑠駆真に、告白をする勇気はない。
母が亡くなり、アメリカ行きが決まっても、結局は言い出せなかった。
けれども、君という存在があったから―――
慣れないアメリカでの生活。それでも馴染もうと努力はした。それは、少しでも近づきたかったから。
彼女のように、生きていきたい。
だが、帰国して偶然再会した彼女は、まるで別人。昔の笑顔の面影はない。
今の美鶴はまるで、クラスメートにバカにされイジけていた、あの頃の自分。
自分はダメだ。誰も信じられない。
そんな思いを胸に壁を造って他者を疎外する美鶴の姿に、瑠駆真は激しい苛立ちを感じる。
卑怯者っ!
耳の奥が、ジンと痛む。
美鶴―――――
僕は変わるよ
|