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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第3節 Crazy or Crazy [2]




 瑠駆真の胸中に渦巻く、羞恥の嵐。
 やり返すだとっ? 僕にそんな事ができるとでも思っているのか? 体格を見てみろ。僕がヤツらに(かな)うはず、ないじゃないかっ
 それに、たとえ抵抗したって、誰も助けてくれない。助力してくれるヤツなんていない。どうせみんな、遠巻きに見ているだけさっ!

 どうせ――――

 その言葉が、顔にまで出ていたのだろうか? 少女の顔からは笑みが消え、目を丸くし、やがて剣呑に(しか)められた。
 瑠駆真の前で腰に手をあて胸を張る。
「何? アンタ、エゴだったの?」
 エゴ?
 眉を寄せる瑠駆真に、少女は鼻で笑う。
「エゴイスト」
 なっ――――!
 だが少女は、気を遣うこともなく続ける。
「助けられたくなかったら、自分でなんとかしなよっ!」
 自分よりも、よほど小さな少女。
「黙って(いじ)められながら、助けてくれない周りを責めるワケ? かと言って、助けてもらえば恥しか感じない。それってサイテー」
 無遠慮に瑠駆真を(けな)す。
「虐めてんのも虐められてんのも、見てて不愉快なんだよね」
 大きな黒目が、印象的だった。
「黙って虐められてんのが美徳だとでも思ってんの? バッカじゃないっ!」
 辺りに配慮することもない大きな声。
「卑怯者っ!」
 その捨て台詞と共に、少女は瑠駆真へ背を向けた。
 目の前が真っ暗になった。
 何も……… 言い返せなかった。
 その後、少女の名を知った。

 卑怯者

 助けてくれと、言った覚えはない。
 (なじ)られて、怒りを感じた。
 だが、なぜだろう? その言葉には、同時に安堵すら感じる。
 今まで、憐れみの視線を投げかけてくる者や 気にするな とそっと声を掛けてくる生徒は何人かいたが、罵倒してくる生徒はいなかった。

 卑怯者

 そうだ。瑠駆真自身、そう思っていた。
 自分は卑怯な人間なのだと………
 そんなこと、百も承知だ。きっと心のどこかで、自分は卑怯な人間なのだと知っていたのだ。
 だが、己の怯懦(きょうだ)陋劣(ろうれつ)を素直に認めるほど、瑠駆真は強くはなかった。
 認められない憤りを、虐めてくる相手や助けてくれない周囲、苦手な英語の勉強を執拗に強制してくる母への無言の難詰(なんきつ)にすり替えることで、安定を保っていた。

 卑怯者っ!

 (すが)りついていた安定感。呆気なく壊れて、崩れた。

 自分は――― 卑怯だ

 廊下ですれ違う時も、テニスコートの端でストレッチをしている時も、いつも屈託のない笑顔を見せる彼女。瑠駆真を罵倒した時も、友人と談笑している時も、彼女のすべては弾けるほどに眩しくて、力強くて頼もしかった。
 瑠駆真という風変わりな名前と母子家庭と苦手な英語。世の中のすべてに卑屈さを感じていた彼にとって、彼女はまるで自分がなりたいと思う理想の人物に見えた。
 最初に(いだ)いた彼女への反発は、やがて憧れへと変化していった。その憧れが恋に変わるのに、それほどの時間はかからなかった。
 だが内気な瑠駆真に、告白をする勇気はない。
 母が亡くなり、アメリカ行きが決まっても、結局は言い出せなかった。

 けれども、君という存在があったから―――

 慣れないアメリカでの生活。それでも馴染もうと努力はした。それは、少しでも近づきたかったから。

 彼女のように、生きていきたい。

 だが、帰国して偶然再会した彼女は、まるで別人。昔の笑顔の面影はない。
 今の美鶴(みつる)はまるで、クラスメートにバカにされイジけていた、あの頃の自分。
 自分はダメだ。誰も信じられない。
 そんな思いを胸に壁を造って他者を疎外する美鶴の姿に、瑠駆真は激しい苛立ちを感じる。

 卑怯者っ!

 耳の奥が、ジンと痛む。


 美鶴―――――

 僕は変わるよ







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